浜田庄司は1924年に「この地のすべてが好ましい」と言って益子に移り
住むことを決めた、といいます。
ここ
参考館はその名の通り、彼自らが作品の参考にした品々が一般の
人たちにも参考にとの意図により作られたそうです。
浜田自身の手で、そして彼の眼で集められてきた世界中の生活工芸品は
ひとつとして飾るだけに作られたものはなく、すべて人が生活の中で
‘使うため’に存在するモノばかり。
日用雑貨の中にある種の美術品に負けない美しさを見出していった彼の「眼」。
人がどう思うか、ではなく自分自身が美しさを発見していくことが‘民藝運動’
だったのでしょうか。
世の中に素敵なモノ、かわいいモノの情報がたくさんあふれ、ネットでなんでも
買える時代。
自分のモノを‘好き’と思う判断基準や、つき動かされる気持ちを知ることは
難しいけど大切なのだよ、と浜田がおしえてくれたような気がしました。